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名古屋高等裁判所 昭和57年(う)47号 判決

主文

原判決中、被告人伊藤文夫及び被告人笠井明に関する部分を破棄する。

被告人伊藤文夫を懲役三年六月に、被告人笠井明を懲役二年六月に処する。被告人伊藤文夫及び被告人笠井明に対し、原審における未決勾留日数中各一〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

被告人笠井明から、押収してある脇差一振を没収する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人伊藤文夫については同被告人の弁護士長屋誠、同高和直司共同作成の控訴趣意書(なお、第一回公判調書中の弁護人高和直司の釈明参照)に、被告人笠井明については同被告人の弁護人長坂凱作成の控訴趣意書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一  被告人伊藤に関する量刑不当の論旨について

所論は要するに、原判示第一ないし第一〇の事実(以下本件詐欺事件という。)について、被告人伊藤は、昭和五三年九月二二日ころショッピングセンターの再建策を練ったことはあったが、取込み詐欺を共謀したことはなく、また、最後までイトー株式会社及びイトーセンイ株式会社を潰す意思もなかったもので、本件詐欺事件は今泉潔らが被告人伊藤の経営する会社を舞台にして敢行した事案であって、被告人伊藤は、その状況をある程度把握していながら今泉らの右犯行を制止しなかった責任があるとしても、本件詐欺事件の主謀者ではなかったこと、また、被告人伊藤は、昭和三七年に伊藤繊維(後にイトーセンイと改称)株式会社を設立して撚糸企業を発展させ、業界や地域社会のためにも多大の貢献をして来たもので、約二〇年前に交通違反による罰金刑が一回あるほかは前科犯歴はなく、再犯の可能性は皆無であること、本件では最終的には何ら利得を得ておらず、被害の一部弁償をしていることなどの有利な情状を考え併せれば、被告人伊藤に対する原判決の量刑は重きに失し不当であるというにある。

所論にかんがみ、本件記録を調査して検討するに、本件詐欺事件は、被告人伊藤が、当時経営していたイトーセンイ株式会社及びイトー株式会社の負債の累積と資金繰り難を乗り切るために、商品取込み能力に優れ、そのあと始末にも心得のあるという今泉潔の助言を得て、イトー株式会社の名で買受け名下に大量の食品類を取り込み、その代金は請求がやかましくなったら少しずつ支払いをして時間を稼ぐいわゆる「ちんたら払い」で、できるだけ支払いを先に延ばし、最後には同社を倒産させ、商取引上の債務不履行として始末し、取得した資金でイトーセンイ株式会社の負債を整理し、同社によって自己の支配できる財力を温存しようと企て、昭和五三年九月二二日ころその計画の実行のため今泉及び被告人笠井らの部下に対し、それぞれの役割りを決めて指示し、その賛同を得て、その後被告人伊藤の主宰の下に本件の各取込みを実行したもので、その利得も、被告人伊藤又はその経営する会社に帰属していたことが認められるので、被告人伊藤は本件詐欺事件を共謀したものであり、しかもその主謀者としての責めを負わなければならないことは勿論であり(この点について、同被告人は傍観者的な共犯であったとする弁護人の主張は採用できない。)、本件における被害総額は約四三〇〇万円に及ぶ多額のもので、犯行後被告人伊藤は検挙されるまで一年半以上その行方をくらまし、イトーセンイ株式会社の所有不動産の名義も暴力団関係者に移して、被害者らからの追及を免れてきたことなどに徴すると、被告人伊藤の刑責は重大であり、同被告人は従来事業を成功させたことがあること、業界や地域社会にも貢献したことがあること、被害者らに対し合計二一五万円の弁償をしたほか被害者木本商会に対し二〇〇万円の見積りで山林を代物弁済していること、被害者らのなかには同被告人の処罰を望んでいないものがあることなど、所論のうち肯認できる諸事情を同被告人の有利に斟酌しても、被告人伊藤に対し懲役四年(未決勾留日数中一〇〇日算入)を言い渡した原判決の量刑は、その言渡し当時としては相当であったと認められる。

二  被告人笠井に関する量刑不当の論旨について

所論は要するに、被告人笠井は被告人伊藤が代表取締役をしていたイトー株式会社の従業員として、同被告人の指示により不本意ながら本件詐欺事件に加担したもので、現在では更生の途を歩んでいることなどを考慮すると、被告人笠井に対する原判決の量刑は重過ぎて不当であるというにある。

所論にかんがみ、本件記録を調査して検討するに、本件詐欺事件による商品の取込み量は大量で、その被害額も前記のとおり高額に達しており、右犯行に当って被告人笠井は被告人伊藤に次ぐ立場で実行を担当し、取込み商品の安値処分に際して自らも中間利益を得ていたこと、原判示第一三の脇差も被告人笠井がかなり長期間自己の乗用車のトランクに入れて持ち歩いていたものであること、同被告人は昭和三三年三月から昭和五四年一二月までの間に窃盗、詐欺、恐喝、道路交通法違反などの罪で懲役刑に六回、罰金刑に六回処せられており、遵法精神に欠けていることなどを考慮すると、被告人笠井は本件詐欺事件について被告人伊藤の経営する会社の従業員として、その指示を拒否することが困難な立場にあったこと、本件詐欺事件により被告人笠井の得た利益は多額でなかったこと、被害の一部については主謀者である被告人伊藤から弁償されていることなど所論を含め肯認できる被告人笠井に有利な諸事情を斟酌しても、被告人笠井に対し懲役三年(未決勾留日数一〇〇日算入)を言い渡した原判決の量刑は、その言渡し当時としてはやむを得ないもので、これが重過ぎて不当であるとは認められない。

三  しかし当審における事実取調べの結果によれば、被告人伊藤は、原判決言渡し後、さらに各被害者らに対し合計一六三万円の追加弁償をなし、六名の被害者らとの間に被害弁償についての示談ができたことが認められるとともに、その他にも被害弁償に努力し、目下進行中の競売手続による競落代金をもこれに充当する手筈をしていることがうかがわれる。これらの情状は被告人伊藤の従業員として、その指示に従って本件詐欺事件に加わった被告人笠井についても、有利な事情が生じたということができる。これら新たに生じた有利な事情を、前記の右被告人らについて述べた有利な諸事情に加えて総合考察すると、原判決の右被告人両名に対する量刑は、現在ではやや重過ぎるに至ったものと認められる。そこでこれを是正するために原判決中右被告人両名に関する部分を破棄するのが相当である。本件各控訴は右の限度で理由があることに帰する。

四  なお、職権をもって調査すると、原判決は、主文第二項において、右被告人両名に対し、その未決勾留日数をそれぞれの本刑に算入しながら、法令の適用中でその根拠法条の適用を遺脱しているので、右は法令の適用を誤ったものといわなければならないが、判決で未決勾留日数を本刑に算入する唯一の根拠法条は刑法二一条であることから考えて、原判決は同条にもとづいて右各未決勾留日数をそれぞれ本刑に算入したことが明白であり、その算入の内容も相当であるから、原判決の右の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかでないものと認められる。

よって、刑訴法三九七条二項を適用して、原判決中被告人伊藤文夫及び被告人笠井明に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い当裁判所において更に判決する。

原判決が被告人伊藤文夫及び被告人笠井明に関して認定した事実に、原判決挙示の同被告人らに対するそれぞれの処断刑を出すまでの各法令を適用し、その各刑期の範囲内で被告人伊藤文夫を懲役三年六月に、被告人笠井明を懲役二年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中各一〇〇日を右被告人両名のそれぞれの刑に算入し、押収してある脇差一振は被告人笠井の原判示銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯罪行為を組成したもので犯人以外のものに属しないから、刑法一九条一項一号、二項によりこれを同被告人から没収することとし、被告人笠井についての原審における訴訟費用(国選弁護人冨田博に関する分)は、刑訴法一八一条一項但書により同被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野慶二 裁判官 河合長志 鈴木之夫)

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